意思決定の質とスピードを上げるには

先月、何気なく投稿したツイートに想定外の反響を頂いた。

これをきっかけに購読してくださった方々も多数いらっしゃるので、うれしい限りだ。

「そういえばこんなのあったな。共有しておこう」ぐらいの気持ちで投稿したので、「何がそんなに刺さったんだろう?」と気になった。ご感想あればぜひ伺いたいが、コメントを見るに、日常的に会議の質に頭を悩ませている人が多いように感じた。

とりあえず招集されたけど、何を求められているのか不明確で、結果もイマイチ。あるいは、良い会議でも、私はこの場に必要だったのか?と感じることもあるかもしれない。会議は時間もエネルギーも使う。そのぶん自分の時間も減るので、質の良いものだけに絞りたいものだ。

であれば、会議の質とスピードを上げるのに最も効果的なのは何か?

私の社会人人生から1つだけ選ぶならば、社内の意思決定において「パワポプレゼンを禁止する」ことだ。具体的には、目的、背景、検討事項、提案を含め、全てワード等の文章と添付資料に落とし込んで、参加者全員の黙読から始めることを指す。

パワポプレゼンの何が問題なのか

パワポプレゼンはごく当たり前の光景なのに、それの何が問題なのか?

パワポプレゼンは、本質的には営業の武器であり、権力を意思決定者からプレゼンターに移すツールと言える。パワポで会議を行うと、以下のような問題が生じる。

  • 思考の甘さを隠すことができる。スライドにパパっと箇条書きすれば人を招集でき、「ここは指摘されたくないから、口頭でさらっと触れよう」「良いデザインで補おう」といった対策が可能になる。意思決定をする聞き手は、そのような対策を見破る労力を求められる。

  • プレゼンターのプレゼン力、人気、役職に影響を受ける。意図していなくても、提案の良し悪しとは別に、しゃべりがうまい人、人気がある人、偉い人の提案は反論しづらく、そうでない人の提案は採用されにくくなる。

  • プレゼンターが決めたペースや順序に縛られる。結論や全体像を先に理解したい人、特定分野に集中したい人(例:法務)など、読み手によって好みはさまざまだが、全員同じ順序でプレゼンターの話を聞かなくてはならない。

  • 質疑応答用のスライドは、質問されない限り日の目を見ない。意思決定の質を上げるのは、核心を突くタフな質問とそれに対する答えだ。用心深いプレゼンターはあらかじめ想定問答も用意するが、それらは質問されない限り使われない。

また、パワポプレゼンはさまざまな非効率さも抱える。

  • 伝達が遅い。NHKのアナウンサーは1分300文字程のペースで話す。一方、一般的な日本人は1分500文字のペースで読み、難関中高受験生なら1分1,500文字で読むと言われる。大抵の人はアナウンサー程効率よくしゃべれないとすると、プレゼンでは黙読の2割~5割程の情報しか伝えられない。ここで出てこない情報は、プレゼンターに都度聞かなくてはならない。

  • 途中で誰かが遮ると、全員の思考が中断される。他のスライドにその答えがあっても、聞き手は気が付かないので、遮るたびに時間が失われる。

  • プレゼンのニュアンスは、会議にいなかった人は分からない。ある意思決定をしたら、その内容を多くの関係者に伝達しなくてはならないが、そのニュアンスは会議にいた人しか分からない。議事録も一言一句は捉えられないし、録画は可能だが、どれ程の人がちゃんと依頼した録画を都度見ているだろうか。

ドキュメント黙読→議論の勧め

そこでおススメするのは、ドキュメントの黙読から会議を始めることだ。資料はワード等の文書で作成し、グラフやワイヤーフレーム等は添付資料として別添する。文章のボリュームは、30分の会議ならA4で最大1ー2ページ、60分なら最大4ページ、90分なら最大6ページの制限を厳守する。会議の背景や目的も資料に書き出し、口頭での説明は控える。黙読に目安何分割くかも参加者に伝えておく(例:60分の会議なら、目安20ー30分)。参加者は黙読の間にメモを取ったり、質問したいことを書き出したりする。黙読時間が過ぎたら、「始めてよいでしょうか」と確認を取り、必要ならさらに数分与えて、そこから議論を始める。

ドキュメントのメリットは、前述のパワポプレゼンのデメリットの裏返しだ。

  • 提案者の思考が紙にさらけ出されるので、いい加減な提案ができなくなる。提案者は原稿を書く間に考えが足りない部分や他人の意見が必要な箇所に気づき、それらをあらかじめ情報収集した上で首尾一貫した提案にまとめることを求められる。

  • 読んでいる間は誰が書いたのかをいったん忘れて、その提案の良し悪しを客観的に評価できるようになる。無名の新人でも良い提案は通り、幹部でも良くない提案は指摘しやすくなる。

  • どんな順序でも読むことができ、また資料のいろんな部分を同時に参照しながら熟考できる。想定問答欄も含めて通読することで、より考え抜いた発言や質問が来るようになる。

  • 短時間で複雑な提案や事業の状況を理解できる。これにより、普段接点のない幹部や役員でも、短時間で状況を把握し、適切なコメントをすることが可能になる。

  • 会議後の資料の回覧がスムーズ。考え抜いた提案が通るのは快感だが、その後大勢の関係者を巻き込む際、資料を読んでもらえばすぐに話が進むのも大きな快感だ。

ちなみにこれは、ハーバードビジネススクールから広まった「ケースメソッド」と同じ原則だ。あらかじめ練られた文章と添付資料を全員が読むことで、企業や経営者の境遇を短時間で理解し、取るべき意思決定について議論する。思考の質を効率よく上げる仕組みとして、今では多くのMBAプログラムで取り入れられている。

浸透させるには、リーダーのコミットが不可欠

パワポプレゼン→ドキュメント黙読への移行は、単なるプロセスではなく、カルチャーの改革だ。ドキュメントを浸透させるには、見た目、カリスマ性、組織階層といった分かりやすい判断基準から、本質的な提案の中身を重んじる文化に変わらなければならないからだ。

2004年にドキュメント方式に移行したAmazonの逸話が興味深い。「経営会議ではパワポプレゼンは禁止です」というメールを当時の経営企画が送信したところ、ほとんどの人が「うそでしょこれ」と思ったそうだ。経営企画には山ほどの確認メールや電話が届き、特にプレゼンが直近に迫っていたメンバーからの反発が強かった。最初のドキュメントの質は高くなく、また、ページ数制限を無視する人もいた。ページ数制限は厳守だと分かると、フォントやマージンを変えて無理やり制限内に収める人も出てきたので、フォントサイズやフォーマットも指定しなくてはならなかった。しかし、この移行を経て、Amazonは意思決定の質とスピードを飛躍的に上げる武器を身につけることができた。

「よくある質問」集

これに興味を持ってくださった方がいれば、ぜひ社内で関係者と相談し、採用してみてほしい。以下に、初めてこの方法に移行する人から挙がると思われる想定問答を添えておく。

Q: なぜ討議資料を会議前に配布して読ませないのか?

A: 討議資料は会議前に配布できればベストだが、出席者があらかじめ読む時間がない可能性がある。大学の授業と同様、読む時間がなかった場合は読んだふりをせざるを得ない。また、全員がどうせ時間を割いて読むのなら、それを会議中にやることで時間は失われない。討議資料をその場で配布することで、提案者側も原稿の編集に最大限の時間を充てることができる。

Q: 我々のチームはパワポプレゼンが非常に得意だ。それでも切り替えなければならないの?

A: 答えは「イエス」。パワポプレゼンが上手であるほど、そのスライドの奇麗さやプレゼンの上手さに翻弄(ほんろう)されて、聞き手が提案のリスクなどから意識をそらしてしまう可能性がある。また、上述の情報量の薄さや、プレゼン内容の改善の難しさは、どれだけ上手にプレゼンしても補えない。

Q: パワポにプレゼンターのカンペを加えればいいんじゃないの?

A: いいえ。パワポを紙に再現することは、その弱点も再現することになる。パワポでできることは、文章と添付資料で全てできるが、その逆は成り立たない。

Q: 討議資料の中にグラフや図を使用してもいいの?

A: もちろん、データや概念を分かりやすく表現する方法として、グラフ、図、ワイヤーフレームなどを添付するのは全く問題ない。大事なのは、その説明を別途文章できちんと行うことと、ビジュアル主体の資料にしないこと。

Q: ページ数制限が短く感じる。もっと詰め込んじゃダメ?

A: ページ数に収まらないのは、提案者の頭が整理されていないから。また、詰め込んだところで読み手の頭にも入り切らないので、誰のためにもならない。

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