ソフトウェアを売るのは誰の仕事?

最近お話させて頂いたエンジニアの方から、「会社が大手企業向けソリューションに注力する中、これまでのプロダクトカンパニーらしさが薄れている」というお悩み相談を頂いた。私自身も、B2B SaaSプロダクトを担当しながら、顧客がきめ細かなカスタマイズ性を期待する大企業か、なるべく省エネで成果を期待する中小企業かで、PMや営業の役割がこんなに違うんだと驚いたものだ。何があるべき姿なのか、当時は多忙すぎて十分に考えられていなかったが、調べてみると、あるべき姿は業界のトレンドと共に進化しつつあることが分かった。今回はその学びを棚卸ししてみたい。

従来型営業のジレンマ

B2B SaaS市場では、これまでは伝統的な大企業向け営業が主流だった。「伝統的」とは、ターゲット企業内の購買担当を見つけ、プロダクトを売り込み、契約を締結し、プロダクトの導入を進める、という流れだ。しかし、この営業手法は年々効果が薄れてきており、目標未達に終わる営業部も珍しくなくなってきた。何が変わりつつあるのか?

  • 獲得チャネルの飽和:平均的なターゲット顧客は毎日10件以上の電子メールやSNSを通じた「営業」を受けており、注目を集めるのが厳しくなっている。

  • 獲得コストの上昇:様々な手法の営業が可能になったことにより、競争が増え、獲得コストが上昇している。

  • 販促サイクルの短縮化:顧客の関心低下に伴い、各キャンペーンのライフサイクルは長くても数週間となり、常に新しいキャンペーンを打つ必要がある。

  • 購買担当による決断の躊躇:買い手側の購買担当は、導入後利用率が伸びないプロダクトの反省を踏まえ、購買の意思決定に慎重になっている。

  • エンドユーザーの影響力の拡大:実際にプロダクトを使う社員が意思決定権、あるいは少なくとも影響力を持つようになっている。

この流れにより、購買担当者ではなく、実際にプロダクトを使う社員を通じて徐々に顧客企業に浸透していく、「プロダクト主導営業」という方法が注目されている。

プロダクト主導営業とは

プロダクト主導営業(PLS)戦略は、ターゲット企業の社員が個人としてプロダクトを利用し始め、社内でそれを広めてもらうことで、企業版ソリューションにアップグレードしてもらう足がかりを作ることを指す。言い換えると、従来型営業ではターゲット企業の社員による利用は最後のステップなのに対し、プロダクト主導営業ではそれが最初のステップとなり、彼らが営業パイプラインの出発点となる。

プロダクト主導営業(PLS)と他営業手法の違い

Figmaの例。個人で利用できるが、企業として契約すると豊富なチーム向け機能が使える

プロダクト主導成長のおさらい

PLSを理解するには、プロダクト主導成長(PLG)モデルを理解しなくてはならない。これは従来型営業の対極にあるもので、セルフサービス型のプロダクトが、顧客の関心を引き、試用を促し、支払いまで導く、一気通貫型の流れのことを指す。このモデルが機能するためには、ユーザーは以下の条件を満たす必要がある。

  • 目の前の問題を解決する意欲がある

  • セルフサービスで解決する能力がある

  • 解決する権限や予算を会社から得ている

プロダクトが口コミやコンテンツだけで成長できれば、それでプロダクト主導成長を実現できるが、多くの企業はマーケティングも駆使しながら顧客を獲得している。

セグメントに応じた営業手法

では、従来型営業はもう時代遅れなのか。決してそうではない。最適な営業手法は、顧客企業の規模による。B2Bで最も一般的なセグメンテーションは下記の通りだ:

  • 中小企業: 従業員1ー100人

  • 中堅企業:従業員101ー1000人

  • 大企業:従業員1001人以上

従業員数は、その顧客企業に期待できる平均契約額(Average Contract Value = ACV)と最も強い相関がある。一般的に、企業の従業員数が多いほど、より複雑な課題を抱えており、その解決策により多くのお金を払う意欲がある。

セグメント毎の社員数、平均契約額、営業手法の比較

中小企業

中小企業は長らくセルフサービス型の利用が主流だ。理由は以下の通り:

  1. 彼らの課題はさほど複雑ではなく、セルフサービスで十分ニーズを満たせる。

  2. そのため、彼らは購買プロセスもセルフサービス型を好む。

  3. 平均契約額が低いため、営業担当者のコストを賄うことが難しい。

中堅企業

このセグメントの捉え方が、近年大きく変わりつつある。従来は営業が担当していたが、今はプロダクト主導営業へ移行している。特徴は下記の通り:

  1. ターゲット企業の社員はプロダクトを試す権限があり、

  2. SaaSの購買について企業内でまだ厳格な方針がない

大企業

大企業は引き続き従来型営業が主流だ。大企業の特徴は:

  1. 本部主導の予算管理

  2. 高度なセキュリティ要件。社員は自由にSaaSを試す権限がない

  3. 社員が自ら全社の課題を解決する動機が低い

これらの企業では、試験的利用を促すためだけでも人の手を介在せざるを得ない。

ところが、プロダクト主導営業は、これら大企業相手にも浸透しつつある。Figma、Miro、Amplitudeのようなプロダクトは、ターゲット企業の社員を通じてその企業に入り込み、プロダクト主導営業で1千万円以上の契約額を実現している。

トライアルをプロダクト主導営業につなげるには

全てのトライアルを営業パイプラインにつなげられるわけではない。

プロダクト主導営業は、個人の社員が自身の課題を解決する目的でプロダクトを試すことから始まる。しかし、顧客企業は、1人の社員のために何百万円のソフトウェアを契約することはない。では、個人利用をどのように企業全体のパイプラインに昇華させればいいのか?

そのカギは、チーム単位での利用に焦点を当ててプロダクトを最適化することだ。

  • チーム単位のユーザー獲得、利用、収益化の指標を追いかける

  • チーム単位の使途、価値、利用プランを優先してアピールする

  • チームでのトライアルや複数ユーザーの同時利用を促す

  • 利用者が増える程、利用価値が上がるよう、ネットワーク効果を仕掛ける

チーム単位のプロダクトに焦点を当てることで、営業担当が個人のトライアルを企業レベルの導入に繋げるための足がかりができる。

どのターゲット企業に営業し始めてよいのか

新規ユーザーが現れたからといって、いきなりその企業にアプローチするのは適切ではない。プロダクト主導営業では、どのターゲット企業に営業を始めてよいか、プロダクトの利用度合いの基準値を設ける必要がある。

  • 利用頻度

  • 利用している機能の数

  • 新規ユーザーの増加率

  • 行動パターン(例:利用規約ページの閲覧)

これらのシグナルの組み合わせに基づいて、営業がいつアプローチすべきかのタイミングを決めることになる。多くの場合、これらの項目に沿って点数を決め、総点数がある閾値(例えば100点満点で80点)に達した時点で営業の準備が整ったと見なす。このスコアは毎日計算され、対象企業がアプローチする基準に達したかを営業が常に把握しているのが理想的だ。

ターゲット企業の誰にアプローチすればよいのか

ユーザーがプロダクトを使っているから、彼らに営業すればよいと考えるのは、よくある間違いだ。殆どの場合、彼ら自身が購買決定者ではない。せいぜい彼らはそれを応援してくれるだけなので、営業の相手というよりはサポーターとして接すべき。

プロダクト主導営業が最大の効果を発揮するのは、以下の条件が満たされた時だ。

  1. 顧客企業の購買者が誰か明確に特定できている。

  2. 購買者が利用者グループの中にいるか把握できている。

    1. 利用者グループの中にいるのであれば、前述の閾値を満たしているなら、営業開始OK。閾値を満たしていなければ、カスタマーサクセスが彼らに手厚いサポートを提供することで、閾値を超える勢いを作る。

    2. 利用者グループの中に購買者がいない場合は、その企業へのB2Bマーケティングや、利用者を通じた購買決定者の紹介を試みる必要がある。

プロダクト主導営業における各チームの役割

従来型の営業組織では、プロダクトチームが機能を開発し、それをマーケティングチームと営業チームに引き渡して販売していた。マーケと営業が主に収益責任を負い、最も強い関係を持つ一方、プロダクトチームは彼らをサポートする役割だ。これらの企業は人件費の7割以上を営業とマーケに充てている。

一方、プロダクト主導営業(PLS)組織では、プロダクトチームが顧客獲得と販売パイプライン構築に積極的に取り組み、その結果、プロダクトと営業の間により強い関係が生まれる。マーケの主な役割は、プロダクトチームと営業チームをサポートすること。このような企業は人件費の6割以上をプロダクトとエンジニアリングに充てている。

PLSを採用する企業では、プロダクトチームは:

  • 無料ユーザーと有料ユーザーの両方の推移に責任を負う

  • ユーザーのセルフサービス型導入に責任を負う

  • 自らプロダクトを売らなければならない

  • セルフサービス決済が可能であれば、セルフサービス事業の収益に責任を負う

  • 営業がアプローチ可能な企業のパイプライン作りに責任を負う

プロダクト主導営業の報酬形態

従来型営業では、高い獲得コストを賄うため、営業チームは最大かつ新規の案件を成約するよう動機づけられていた。

一方、PLSアプローチでは、営業チームは顧客の課より、その後の拡大題ライフサイクルのより早い段階でアカウントに関与するので、初期契約額は小さくなる。そのため、ターゲット企業と継続的に成長することで、より大きな収益を生み出すことが重要になる。PLS営業では、獲得時の売上より、その後の売上の拡大幅に大きな営業報酬をつけることが大事だ。

まとめ

B2Bは現在、大きな変革期にある。企業の購買者は今や、取引確定前にプロダクトやサービスの価値を実感できることを期待している。プロダクト主導成長(PLG)があらゆる業界や市場セグメントに普遍的に適用できるわけではないが、その人気の高まりは無視できない。結果として、すべての組織は、競争力を維持し、進化する市場環境と顧客の期待に適応するため、潜在的な市場参入戦略としてプロダクト主導営業を検討すべきだ。

Previous
Previous

プロジェクトの失敗を防ぐ魔法の会議

Next
Next

意思決定の質とスピードを上げるには