世界を変える事業を創る方法

7月9日、伝説のシードVC Floodgateの創業者が「Pattern Breakers」という本を出版した。Floodgateは、シードVCという概念がまだ無い頃に創業し、X (旧ツイッター)、ライブ配信プラットフォームのTwitch、ライドシェアのLyftといった名立たるテック企業の黎明期に彼らのポテンシャルを見抜いたVCだ。その共同創業者Mike Maples Jrが、スタンフォード大学の教授Peter Ziebelmanと共に、「世の中を変えるスタートアップの秘訣は何なのか?」という問いに対する答えを模索してきた。

ホームラン級スタートアップの成功の秘訣は、後から見れば明白でも、黎明期に判断するのは非常に難しい。また、彼らは、一見滅茶苦茶なチームが大成功を収めたり、逆にやるべきことを忠実にやって失敗するチームも数多く目にしてきた。何がこれらの企業の成否を分けたのか、分析を重ねる中で、彼らは、世界を変えるスタートアップには6つの秘訣がある、という結論にたどり着いた。これらの秘訣の根底には、「人と違う視点で世界を捉え、同調圧力に屈せずに行動する」という考え方があり、日々の過ごし方への示唆にも富む内容だと感じたので、私なりのまとめを共有したい。

世界を変えるアイデアの3つの秘訣

6つの秘訣のうち、最初の3つはアイデアに関わるもので、残りはアクションに関わるものだ。アイデアの秘訣は、①変曲点を捉える、②洞察を得る、③未来に生きる、の3つだ。順番に解説しよう。

① 変曲点を捉える

変曲点 (Inflection) とは、人々の考え方、感じ方、行動の仕方を根本的に変える可能性を持つ出来事のこと。例えば、印刷機、電報、テレビ、インターネット、スマホ・GPS、そして近年の大規模言語モデル(LLM)などが代表例と言える。GPS付きスマホを例に更に深堀ると、iPhone 4sにGPSチップが搭載されたことで、UberやLyftのようなライドシェアリングネットワークの創出が可能となった。このGPSチップは、ユーザーの位置を1メートル以内の精度で特定できるようになり、それまで不可能だったライドシェアリングを実現した。

何故変曲点が大事なのか。理由は、変曲点こそがスタートアップにとって欠かせない武器となるからだ。大企業は、社員、顧客、チャネル、ブランド、資金力など、あらゆる優位性を持っており、スタートアップがこれらの観点で勝ることはほぼない。大企業が気づかない、人々の考え方や行動を変える程大きい変曲点こそが、スタートアップにとって最も大事な競争優位性の源泉となる。

何が変曲点なのかを正しく捉えるためには、3つの質問に答える必要がある。先ほどのGPS付きスマホを例に考えてみよう。

  1. その新しい発明によって何が可能になるのか:ユーザーの位置を1メートル以内の精度で特定できるようになった。

  2. 何故それが強力なのか:アプリサービスが初めて、APIを通じてスマホを正確に位置検知できるようになった。それより前の位置情報は精度が高くなかったため、リアルタイムのサービスは成り立たなかった。

  3. 成功のための要件:GPS付きスマホが普及し、人々が自分の位置情報を他人に共有しても良いと思えるようになる必要がある。

変曲点を捉えるために肝心なのは、タイミングだ。「そのアイデアは前○○が試してダメでしたよ」と言われたら、疑ってみた方が良い。例えば、iPhoneの10年程前に、それに似た製品を作ろうとしたGeneral Magicという会社があった。しかし、当時のテクノロジー(ハード・ソフト・通信)は未熟だったため、ユーザーが使いたいと思う性能に仕上がらなかった。その後、AppleがiPhoneの開発に取り掛かった頃にGeneral Magicの元社員達もAppleに参画し、Appleは爆発的な成功を収めた。

② 洞察を得る

ここで言う洞察 (Insight) とは、変曲点によって人々の行動がどう変わるかの見立てだ。洞察は、殆どの人が気づいていない真実でなくてはならない。

例えば、Airbnbは、「口コミを活用すれば、ユーザーが見知らぬ家主を信頼して、彼らの部屋に宿泊するようになる」という、当時は常識外れな洞察に辿り着いた。何が洞察なのかを見極めるために、Airbnbを例に下記5つの質問に答えてみよう。

  1. 将来、この洞察により人々はどんな新たな行動を取るのか?:人々は見知らぬ個人の部屋を予約するようになる。宿泊者は、良い値段でその土地ならではの宿泊体験ができる。家主は、空いている部屋で収入を得ることができる。

  2. これはどんな変曲点に基づいているのか?:ネット上の口コミや評価を通じて、ブランドがなくても信頼関係が築けるようになりつつある。また、Facebook ConnectのAPIを通じて、見知らぬ人同士の人となりが閲覧可能になった。

  3. 人々は何故これに気づいていないのか?:殆どの人は、見知らぬ人の家に宿泊するなど危険極まりないと信じている。

  4. それにも関わらず、何故この洞察は正しいのか?:上記の変曲点が、宿泊者と家主の間の信頼の構築を可能にするから。

  5. 何故今がその実現のチャンスなのか?:ネット上での口コミや評価は着実に広まりつつある。Facebook Connectの到来と、リーマンショックによる節約主義の高まりも重なり合い、今こそこの宿泊の仕方が流行る時が来ている。

洞察に気づき、それを信じ続けるには勇気がいる。ガリレオ・ガリレイが説いた地動説や、ダーウィンが発表した進化生物学のように、人々がそれを理解するまでには時間がかかる。また、ビジネスにおける洞察は、それが本当に正しいのかは、取り組んでいる最中は分からない。しかし、人々が気づいていない機会でないと、競争優位性を築くことができない。大半の人が認める機会は、いずれ競争にさらされ、付加価値を付けることが難しくなる。

③ 未来に生きる

では、こうした洞察に辿り着くためにはどうしたら良いのか。名門シードアクセラレータ、YC創業者のPaul Grahamは、「未来に生き、その未来に足りないものを作れ」と断言する。「未来に生きる」方法は、新しいテクノロジーに触れたり、VCなど最先端のアイデアに日々触れている人と話したり、様々な方法がある。大事なのは、その気づきに辿り着くために日々アンテナを張り巡らせることだ。

例えば、革新的な初期ブラウザを開発したMarc Andreessenは、イリノイ大学の国立スパコン応用研究所に在籍していた頃、当時は殆どの人が知らなかったWorld Wide Web(ウェブ)を利用していた。その中で、ウェブサイトの情報を分かり易く表示するのは容易ではないことに気づき、ブラウザのニーズを理解することができた。

そういった開発に携わっていない場合はどうすれば良いのか。Living CarbonのCEO、Maddie Hallは、Zenefitsというスタートアップ在籍時に自身で起業したいと考えたが、大したアイデアを思いつくことができなかった。そこで彼女は、当時YCの代表であったSam AltmanのChief of Staff(参謀)に就任する機会を得た。Samと共にYCやOpenAIで数多くの企業と対話する中で、次第に企業の二酸化炭素への危機感や植物バイオテクノロジーの発展に気づくことができ、この機会を捉えることができた。

アイデアを形にする3つのアクション

世界を変えるアイデアに辿り着いたら、それをどう形にすれば良いのか。ここで必要なアクションは、④ムーブメントを巻き起こす、⑤ストーリーを語る、⑥反骨精神を持つ、の3つだ。順番に見て行こう。

④ ムーブメントを巻き起こす

ここで言うムーブメントとは、共通の信念を持つ人々が、今と異なる未来を創ろうと協力して起こす活動のことだ。ブレークスルーを起こすには、既存企業と競争するのではなく、ルールを塗り替え、他社との比較を避ける必要がある。

先ほどのAirbnbを例にとると、Airbnbが生まれる前は、世界有数のホテルチェーンが、世界中で均一のサービスと雰囲気を提供しており、これこそが彼らのブランドに繋がっていた。しかし、Airbnbの創業者達は、これをメリットではなくデメリットと位置付けた。パリに行くなら、現地の人のように住んでみてはどうか?その方がより本物の体験ではないか?このように投げかけることで、Airbnbはホテルとは一線を画したムーブメントを巻き起こすことができた。

Teslaも良い例だ。Teslaの「持続可能なエネルギーへの移行を加速する」という使命は、単なる車作りを超えた、より大きなムーブメントを推進するものだった。テスラは広告を一切使わずに、自社の使命を顧客に伝え、共感を得ることで、ムーブメントを起こすことに成功した。

スタートアップがムーブメントを起こすためには、強力なストーリーを作り、人々を共感させ、行動を促すことが重要だ。では、ストーリーを作るにはどうすれば良いのか、次に見てみよう。

⑤ ストーリーを語る

古代ギリシャの哲学者のプラトンは、「物語を伝える者が、世界を制す」という言葉を残している。革新的なアイデアを広めるには、人々を新しい未来へと導く物語が不可欠だ。では、良いストーリーとはどのように作れば良いのか?

  1. より高い目的に訴える:自分や会社よりも大きな目的に人々を引き付ける。Teslaは、「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速する」というミッションを通じて、初期のファンを引き付けることができた。

  2. 現状を否定する:現状の問題点を指摘し、変化の必要性を訴える。Airbnbが標準化されたホテルサービスの弱点を指摘し、「より本物の体験をしよう」、と訴えかけたように。

  3. 聞き手をヒーローにする物語を作る:聞き手を物語の主人公にし、新しい世界を共に創造したくなるよう誘う。例えば、ライドシェアのLyftは、乗客には「スマホ1つで運転手を手配してみませんか。運転手がどこにいるか・あと何分で来るか、常にお伝えできます」と語りかけた。運転手には、「自分の好きな時間に、収入を得てみませんか」とアピールし、投資家には、「ネットワーク効果を用いて革命的なビジネスを創りましょう」と訴えた。

  4. 比較ではなく選択を迫る:既存の基準での比較を避け、全く新しいカテゴリーを創造する。例えば、AppleがiPodを発明した時は、既存のMP3プレーヤーとは違う、「1,000曲をあなたのポケットに」という革命的なアイデアを提案することで、MP3プレーヤーとの比較を避けた。

  5. ブレークスルーを現す単語を見つける:例えば、Lyftは「タクシーアプリ」ではなく「ライドシェア」という新しい概念を浸透させた。また、X (旧ツイッター)は「ツイート」という言葉を通じ、新たなコミュニケーション方法を定義した。

⑥ 反骨精神を持つ

既存の枠組みを打ち破るためには、反骨精神を持つ必要がある。成功した起業家たちは、時に社会的規範や他者の期待に反する行動をとることで、画期的な成果を上げている。

これの一番分かり易い例は、UberやLyftのライドシェアだ。彼らが当時、サンフランシスコの自治体に「こんなサービスを立ち上げたいんです」と持ち掛けたら、間違いなく答えは「ノー」だっただろう。このサービスを浸透させるには、初期ユーザー達に感動的な体験を提供し、それを通じて自治体と意味のある会話を促すしかないと、彼らは理解したのだ。タクシー業界の規制に立ち向かい、多くの反発を受けながらもサービスを展開することで、次第にこの交通サービスが新たな選択肢として浸透していった。その10年後にようやく始まりかけている日本の状況を見ると、考えさせられる。

反骨精神を持ち、同調圧力を否定するのは、孤独なことだ。しかし、それは革命を起こすために大事な要素でもある。Jeff Bezosは繰り返し、社員にこのように説明している。「新しいアイデアを実行に移す時は、長期間にわたり、周囲の理解を得ることができない可能性を受け入れる必要がある。」

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