AIが変える企業内検索
「Web検索はAIでこんなに便利になったのに、なんで社内情報の検索はこんなに不便なんだ。。。」と思ったことはありますか?あるはずの情報が検索しても出てこないと、都度誰かに聞かなくてはならず、時間がもったいないですよね。
一方、テクノロジーの進化に伴い、企業内の情報量は驚くべき規模に達しています。これらの情報に社員がアクセスできないのも、大きな機会損失です。
シリコンバレーでこの問題に第一線で取り組んでいるのが、AI駆動型エンタープライズ検索プラットフォーム「Glean」です。GoogleでSearchを開発し、現在はGleanのCEO兼共同創業者であるアービン・ジェイン氏のインタビューから、企業内の情報活用の未来について探ります。
企業内検索プラットフォーム「Glean」
①LLMが検索の概念を根本から変えた
アービン氏は30年近く検索に携わってきましたが、LLM(大規模言語モデル)の登場によって検索のパラダイムは完全に変化したと語ります。
「長い間、検索は変化のない業界でした。ユーザーがキーワードを入力し、その言葉をドキュメント内で見つけて表示するだけ。しかし、LLMはこれを完全に変えました。最も大きな変化は、ユーザーが尋ねている質問を本当に深く理解できるようになったことです。同様に、文書が何について書かれているかを非常に深く理解し、概念的にユーザーの質問と適切な情報をマッチさせることができるようになりました。」
「LLMによって、ユーザーが尋ねている質問と文書の内容を概念的にマッチさせることができるようになりました。これにより、検索はもはや脆弱なものではなくなり、単にリンクを表示するだけでなく、知識を活用して直接質問に答えるという新しい体験へと進化しました。」
伝統的な検索エンジンの限界は、単に単語をマッチングさせるだけで、文脈や概念の理解が不足していることでした。例えば「営業プロセスの改善方法」を検索しても、個々の単語が含まれる関連性の低いドキュメントしか見つからないことがありました。
LLMにより、検索は以下のような進化を遂げました:
質問の意図を深く理解できるようになった
ドキュメントの内容を概念的に理解できるようになった
キーワードではなく、その根底にある意味を捉えられるようになった
単なるリンク表示から直接的な回答提供へと進化した
Gleanはこの技術的進化を先取りし、2019年からトランスフォーマーモデルを活用した意味検索を実装していました。まさに、AI検索の先駆者。
「興味深いことに、トランスフォーマーという技術は当時すでに登場していました。世界全体がそれについて話していたわけではありませんでしたが、Googleのような検索チームでは、埋め込み(embeddings)の力とそれが検索を根本的に変える可能性を目の当たりにしていました。当社のプロダクトの初期版では、すでに意味的マッチング用のトランスフォーマーを使用していました。」
②なぜ従来のエンタープライズ検索は失敗したのか
Gleanの台頭前、エンタープライズ検索は多くの企業が挑戦しては失敗するという「墓場」のような市場でした。アービン氏は、かつての失敗の原因と、現在成功できている理由を以下のように説明します:
従来の失敗要因:
データへのアクセスの困難さ:「プレSaaSの世界では、データセンターに入り、サーバーがどこにあるか、ストレージシステムがどこにあるか、そこにある情報とどう接続するかを把握することが大きな課題でした。」
統一的なプロダクト開発の難しさ:「SaaS以前の世界でスタートした検索製品の多くは、普遍的なプロダクトを作れないというシンプルな理由で失敗しました。」
スケーラブルなシステム構築の複雑さ:「クラウド以前の時代には、そのような分散システムを構築するだけで、すべての時間を費やしていたでしょう。」
成功を可能にした現代の変化:
SaaSの普及:「SaaSシステムには『バージョン』がありません。すべての顧客が同じバージョンを使用しています。それらはオープンで相互運用可能であり、APIを使って全てのコンテンツを取得できます。」
クラウド技術:「クラウド技術のおかげで、もはやスケーラブルな分散システムの構築に苦労する必要はありません。」
トランスフォーマーモデル:「企業情報をより深く理解できるようになりました。これはウェブよりも企業において特に重要です。ウェブでは、意味的な理解が十分でなくても、何十億もの人々の行動から学ぶことができますが、企業にはそのようなリソースはありません。」
「最大の問題は実際に解決されていました。企業情報とデータをすべて1か所に簡単に集め、その上に統一された検索システムを構築することができるようになったのです。これが大きなブレイクスルーでした。」
アービン氏がRubricの社長時代に直面した問題が、Gleanの起源でした。情報が300以上のSaaSシステムに散在し、誰も何も見つけられない状況に社員が不満を持っていました。解決策を探そうとしたところ、購入できるプロダクトが存在しなかったのです。この悩みが、Gleanの誕生に繋がりました。
③企業データへのアクセスと安全性の重要課題
エンタープライズ環境では、データの安全性とアクセス管理が最重要課題です。アービン氏は、これを無視したAIシステムは企業内で安全に展開できないと強調します。
「企業情報は基本的に統制され、保護されています。企業内の知識の約90%は何らかの形で機密なものです。あなた専用のドキュメントや、少数の人と共有しているドキュメントがあるでしょう。それが企業知識の基本的な性質です。」
企業内のすべてのデータを一つのモデルに投入し、それを全社員が利用できるようにすると、情報漏洩の問題が発生します。例えば、開発部門の誰かが、HRチームだけが見るべき機密情報にアクセスできてしまう危険性があります。
Gleanでは、この問題を以下のように解決しています:
適切なアクセス制御:「Google DriveからドキュメントやSlackから会話をインデックス化する際、その情報にアクセスできるユーザーを記録します。これは基本中の基本です。私たちのプラットフォームを通じたデータへのすべてのアクセスは、ユーザーが許可されている情報のみに限定されます。」
ガバナンスギャップへの対応:「企業内のアクセス権限がそもそも適切に設定されていないこともあります。検索機能を導入すると、これらの機密情報が見つけられるようになります。例えば、ある顧客企業では誰かが他の人の給与情報を見つけたり、まだ公表されていない機密のM&A文書を発見したりしました。我々は、アクセス権を遵守するだけでなく、どの情報は機密で、検索している人に見せてはいけないかを特定できる独自機能を開発しました。」
AI活用の基盤整備:「多くの企業が、このようなガバナンスを修正し、AI活用の基盤を作るためにGleanを購入しています。これはGlean検索やGleanアシスタントだけでなく、企業内で利用できる他のすべてのAIプロダクトのためでもあります。」
企業がAIを本格採用するにあたり、データガバナンスとアクセス管理の仕組みが整っていることが前提条件となります。Gleanは、単なる検索ツールから、企業のセキュリティプロダクトとして進化を遂げました。
④内部知識を基盤としたAIアプリケーション
Gleanは当初、「職場におけるGoogle」を構築するというビジョンからスタートしましたが、モデルが推論と生成能力を開発するにつれて進化していきました。
「当初は質問して複数のリンクが返ってくるというものでしたが、今はChatGPTのように会話できます。質問するとGleanは世界中の知識と、あなたの社員プロファイルを理解した上で、安全に社内のデータと知識を活用して回答します。」
企業は個人アシスタントを超えて、AIでビジネスプロセスを変革したいと考えています。Gleanはこのニーズに応え、ビジネス機能向けの専用AIアプリを開発しています:
部門別カスタマイズ:「HR部門から、『Gleanアシスタントは素晴らしいけれど、福利厚生や休暇ポリシーについての質問には、人事チームが承認したコンテンツだけを使ってほしい』といった要望がありました。」
特定のビジネスプロセスの自動化:「単に質問に答えるだけでなく、実際に作業を行うような、特定の機能体験をビジネスプロセスに代わるものにしたいという要望もありました。」
部門ごとの専用エージェント:「それぞれの部門や機能ごとに特化したAI体験も作成できるようになりました。」
アービン氏は、AIが企業内でどのように利用されているかについて興味深い発見も共有しています。多くのユーザーは、AIの真の力を活用するための新しい対話方法を学ぶ必要があるのです。
「最も大きな驚きの一つは、ユーザーがボックスに質問を入力するというシンプルなUIなのに、使い方を教える必要があるということでした。長い文章や段落のような指示をAIに出せる機能を追加したのに、人々はそれを活用しなかったからです。過去20年間、Googleによって1〜2語のキーワードを入力することに慣らされてきたのです。」
⑤AI時代の企業変革
アービン氏は、AIの導入において多くの企業がROI(費用対効果)に焦点を当てがちだが、教育や人材の育成も同様に重要だと指摘します。
「よく見過ごされるのは教育です。3年後に目覚めて、大企業のCEOになったとき、あなたは自社の従業員に何を期待しますか?AIを優先し、AIの強みを活かせる専門家であってほしいはずです。これは難しいテクノロジーです。完璧でもなく、簡単でもなく、間違いを犯したりハルシネーション(幻覚)を起こしたりしますが、それでも強力です。エキスパートになれば、多くのことを達成できます。」
リーダーとしての目標は、従業員に日常業務にAIを取り入れるためのツールを提供し、モチベーションを与えることです。これは単なる効率化だけでなく、将来のAI時代に備えた人材育成という側面もあります。
AIの導入において直面する課題としては、以下のようなものがあります:
ユーザー教育:「AIは多くの人にとって直感的ではありません。日常業務により有意義な形で、段階的に機能を紹介する必要があります。」
プロンプト文化の醸成:「例えば、エンジニアであれば、『新しい技術について学べる』『今すぐ2ページのチュートリアルを作成できる』などとプロンプトを示し、AIで何ができるかを実験してもらうよう促す必要があります。」
ガバナンスとセキュリティのバランス:「良い検索と適切なガバナンスの両立が重要です。良すぎる検索が怖いという企業もあるのです。」
最後に、アービン氏はAI時代の働き方について、こんなビジョンを共有しました:
「AIは人々の働き方を変え、ビジネスの形さえも変えるでしょう。根本的に起こることは、私たち一人ひとりが素晴らしいアシスタント、同僚、コーチと呼べるものを持つようになることです。このチームはあなたについて、あなたの仕事について、今日何をすべきかをすべて知っており、積極的にあなたを助け、仕事の90%を行い、あなたのスキルを向上させるコーチとなります。」
現在このような環境は、CEOのような一部の特権的な立場の人だけが享受していますが、アービン氏のビジョンでは、将来はすべての人がこのような恩恵を受けるようになります。新卒で職場に入ったばかりの人でも、個人的なAIチームに囲まれ、生産性が10倍に向上する未来が訪れます。
おわりに
調べてみたところ、Gleanは日本でも拠点を構えて展開し始めているようです(glean.com/jp)。その他、kore.aiや富士通・Cohereもこの領域でサービスを提供していると見られます。他社に先駆けて企業内検索に取り組めば、生産性向上はもちろん、セキュリティ強化やAI人材育成においてもメリットを得られるのではないかと思います。
今週はGleanのカンファレンスもあるようなので、私も引き続き情報収集を続けて参ります。