Duolingo炎上に見るAI戦略の難しさ

最近シリコンバレーではリストラの話題が絶えないですね。Metaでは5月に「社員の15-20%は『Below Expectations (期待値に満たない) 」と評価するように」との通達が出ました。Googleは今週、検索・広告・コマース部門を含む2万人の組織を対象に、希望退職のパッケージを提示しました。AIの進化と投資増加に伴い、人件費を抑制する動きが各社で加速していると見られます。

同時に、経営者による「AIファースト宣言」も見かけるようになりました。ShopifyのCEOは「増員を求める前に、なぜAIでそれが実現できないか証明せよ」と宣言し、フリーランスプラットフォームFiverrのCEOも「私も含め、皆リスキリングしないとAIに飯を食われる」と投稿しました。

そんな中、言語学習アプリDuolingoのCEOが、自社を「AIファースト」組織にすると発表したことが、大きな反発を招きました。一体何がいけなかったのでしょうか?

全社員への「AIファースト」通達の内容

こちらが4月28日にDuolingoのCEO、ルイス・フォン・アン氏が社員に送ったメールです。

「私はQ&Aや多くの会議でこのことを述べてきましたが、正式に表明したいと思います。Duolingoは AI ファーストになります。

AIはすでに仕事のやり方を変えています。これは「もし」や「いつ」の問題ではありません。今起きていることです。これほど大きな変化があるとき、最悪なのは待つことです。2012年、私たちはモバイルに賭けました。他社がモバイル向けウェブサイトに注力していた頃、私たちはモバイルファーストにすることを決断し、それが未来だと理解していました。その決断が2013年のiPhone App of the Yearを獲得し、その後の爆発的な成長を解き放つきっかけとなりました。

モバイルへの賭けがすべてを変えました。私たちは今、同様の判断を下しており、今回のプラットフォームシフトはAIです。

AIは単なる生産性向上ツールではありません。 AIは私たちのミッションへの到達を助けてくれるものです。うまく教えるためには、手作業では処理しきれない量のコンテンツとコーチングを作成する必要があります。私たちが最近行った最良の決定の一つは、徐々にコンテンツ作成プロセスをAIに置き換えることでした。AIがなければ、より多くの学習者にこのコンテンツを届けるのに何十年もかかったでしょう。私たちは学習者に対して、このコンテンツを可能な限り早く届ける義務があります。

AIはまた、以前は構築不可能だったビデオ通話などの機能を構築するのにも役立ちます。史上初めて、優秀な人間の家庭教師と同等の教育が私たちの手の届く範囲にあります。

AIファーストであることは、私たちの働き方の多くを再考する必要があることを意味します。人間向けに設計されたシステムへの小さな調整では目標に到達できません。 多くの場合、ゼロから始める必要があります。私たちは一夜にしてすべてを再構築するつもりはなく、AIにコードベースを理解させるなど、時間のかかることもあります。しかし、技術が100%完璧になるまで待つことはできません。緊急性を持って動き、品質に時々小さな打撃を与えることがあっても、ゆっくり動いて好機を逃すよりは良いでしょう。

この変化を推進するために、いくつかの制約を段階的に導入していきます:

• AIが処理できる作業に契約社員を使用することを段階的に止めます

• AI活用は採用時の評価対象に含まれます

• AI活用は業績評価の評価項目に含まれます

• チームがより多くの作業を自動化できない場合にのみ、増員が認められます

• ほとんどの機能は、根本的に作業方法を変える具体的な取り組みが必要です

これらすべてを述べた上で、Duolingoは従業員を深く思いやる会社であり続けます。 これはDuos (Duolingoの社員) をAIに置き換えることではありません。ボトルネックを取り除いて、すでに素晴らしいDuosとより多くのことを成し遂げることです。私たちは皆さんにクリエイティブな仕事と実際の問題に集中してもらい、反復作業ではなく、皆さんの機能においてAIのためのより多くの研修、指導、ツール提供でサポートしていきます。

変化は怖いものですが、これがDuolingoにとって素晴らしいステップになると確信しています。これは私たちのミッションをより良く果たすのに役立ち、Duosにとっては、物事を成し遂げるためにこの技術を使用して時代の先を行くことを意味します。」

いかがでしょうか?

経営者としてはまっとうな方針を述べているように見えます。この発表を株式市場は好意的に捉え、株価は上昇しました。

Duolingoの株価。AIファースト宣言以降、株価は上昇

ユーザーの反乱

一方、この発表に激しく反発したのは、Duolingoのユーザーコミュニティでした。特に、「契約社員の仕事はAIで代替する」という方針に大きな批判が集まりました。

  • 「『社員を大切にする会社であることは変わらない』?契約社員を切ろうとしている会社が何言ってんだ」

  • 「行間を読むと、『契約社員はクソくらえ、でも正社員はAIで代替できない限り大事にするよ』ってことだね」

  • 「この会社は金の亡者になって自ら墓穴を掘ってるね」

Redditの批判の嵐

  • 「『よくないね』ボタンはどこ?」

  • 「クソの底辺」

  • 「2,776日のストリーク(連続利用)も今日で終わり」

  • 「こんな速くアプリ消したことないわ!お世話になりました!」

  • 「CEOが人間よりAIを優先すると発表して、すごく冷たいなと感じました。社員と契約社員は戦々恐々としているでしょう。私はもうサブスク続けません」

実名プラットフォームのLinkedInでも批判コメントが殺到

その後Duolingoは長期ユーザーの解約や意図的な1つ星レビューの嵐に見舞われ、社長が謝罪を表明する事態となりました。

会社のマスコットDuoがCEOを問い詰める場面を必死に演出

(なお、この他に、「AIレッスンの導入でアプリの質が落ちている」、という指摘もあり、それがDuolingoの契約数にどの程度影響を与えるか、気になる展開が続きそうです。)

本音で話せない経営者のジレンマ

この現象を、SaaSコミュニティ「SaaStr」の創業者ジェイソン・レムキンは次のように捉えています。

「これはまさに、上場企業のCEOたちと話していてよく聞くジレンマ。彼らは社員に真実を伝えようとしているが、反発を恐れて言えない。だから、『社員は今後も必要です。実際、我々は採用しています』と言って、社員の不安を払拭しようとする。」

「しかし、彼らは、現在抱えているチームの30~40%は必要ないということを知っている。50人規模の会社なら違うが、500人以上の従業員を抱える会社で話した全ての企業のCEOはそう思っている。社員にはそれは辛すぎるから言えないが、今後24カ月で大規模な解雇が起きると思う。」

その場に同席していた投資家も、「その指摘は的確。ウォール街には「AIにより効率化が見込める」と話す一方、社員には「誰も解雇しない、人がより面白い仕事をするようになるだけだ」と嘘をつくしかなくなっている」とコメントしていました。

ちなみに、ボストンコンサルティンググループ (BCG) の調査によると、2025年にCXOがAIに最も期待するのは「コスト削減」とのことで、実に93%のCEOがそれを期待しているとのことでした。

BCGのCXOに対する調査。93%のCXOがAIによるコスト削減効果を期待

AIによるコスト削減は、業務の透明化、簡素化、削減、構造的改善、変化への対応から来ると期待

日本企業はどう動くか

日本は米国と異なり、解雇規制が厳しいため、AIによるコスト削減の余地が見えていても慎重に動く企業がほとんどになると思われます。また、業務効率化は進めつつ、社員のリスキリングや新たな社員の役割の確保に企業が責任を持つことで、企業と社員が一体となって取り組む前向きな動きも出てくるかもしれません。

一方、大手企業が大胆に雇用構造を変えられない中、その隙を狙ったAIファースト企業が出てくるかは気になるところです。Yコンビネーターのスタートアップ募集欄(Request for Startups)のトップには、「フルスタックAI企業」(=例えば、弁護士事務所にソフトウェアを売るのではなく、AIをフル活用した弁護士事務所を作り、従来型事務所と競争する)が掲げられています。これらのスタートアップがもし勢いづくと、産業構造が破壊されていく可能性もあり得ます。年内にどれくらいそういった例が出てくるかが、今後の展開を左右するかもしれません。

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