シリコンバレー騒然。「創業者モード」って何だ

従来型の経営手法に異を唱えた、AirbnbのCEOブライアン・チェスキー

先週末、米国では「労働者の日」を含む3連休でしたが、土曜深夜に投稿されたある記事が波紋を呼びました。Yコンビネーター共同創業者ポール・グレアムが書いた、「創業者モード」という記事です。

これまでは、「事業の拡大につれ、創業者は『マネージャーモード』(=良い人を雇い、彼らに裁量権を与えるスタイル)に移行しなくてはならない」というのが定説でした。実は、この定説は大間違いだったのではないか、というのがこの記事の主張です。

その後、シリコンバレー中の経営者がこの記事に対する意見を交わし、議論が巻き起こっています。

「『創業者モード』に反対の人達は連休中音沙汰なかったよね」と揶揄するYコンビネーターのパートナー

「創業者モード」を既に実践されている日本の経営者は多数いらっしゃると想像します。同時に、この概念は、創業者のみならず、あらゆる経営者や幹部の方々にとって経営手法を振り返る機会になると感じたので、今日はこの概念について解説したいと思います。

「創業者モード」とは

これまで、大きな組織のCEOは、優秀なリーダーを雇い、彼らに権限を与え、なるべく日常的な意思決定に介入しないよう心掛けるのが理想とされてきました。これを「マネージャーモード」と称します。基本的には直属の部下に指示を出し、それを彼らが主体的に実現できるよう、その下の階層には深入りしない。マイクロマネジメントは避ける。

聞こえは良いものの、このスタイルでは報告ばかり上手な「プロの詐欺師」が活躍し、彼らが会社を潰していった、と多くの創業者が嘆いていました。創業者は取締役会と部下の両方から圧力をかけられ、無力感を感じていました。

一方、世界を見渡すと、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、ジェンスン・フアンのように、組織のあらゆる階層と直接関わり、自ら意思決定をリードして事業を成長させている創業者もいます。スティーブ・ジョブスも、組織の階層を超えた「アップルで最も重要な100人」と年次合宿を行っていました。

投資家やCXOの多くは自ら起業したことがないから、「マネージャーモード」しか知らないのではないか。本当は「創業者モード」で事業をリードし続ける方が効果的なのではないか。

AirbnbのCEO、ブライアン・チェスキーが自らの経験を踏まえ創業者モードの大切さを唱えたところ、他社の創業者も深く共感し、この考えが広まっていきました。

ケーススタディ:Airbnbの官僚化と原点回帰

ここで、なぜチェスキーが「マネージャーモード」で行き詰まり、「創業者モード」に回帰したのかを具体的に見ていきたいと思います。

2015~2019年:権限付与に伴う官僚化

他のスタートアップと同様、チェスキーは創業当時はPM、デザイン、オペレーション等、あらゆることを自ら担当していました。しかし、成長するにつれ、プロダクトへの関与を意図的に減らし、チームが早く動けるよう、権限移譲していきました。

すると不思議なことに、物事が進むペースがどんどん遅くなっていきました。部下間の意見の相違が増え、目標が不明確になり、推進力が弱まり、人が足りないという声を頻繁に聞くようになりました。

そもそも、企業の成長に伴い、物事の推進力は低下しがちです。チェスキーはスタートアップが大企業病に陥るステップを、以下のように説明しています。

  1. チーム別の技術スタック→技術的負債

  2. チーム間の依存関係が増加→疲弊

  3. チーム毎に「自分でやるから人をくれ」と要求

  4. チーム内で各機能を揃える→「事業部」が誕生

  5. 事業部の成否は予算次第→各事業部が予算を主張

  6. 予算は人間関係次第→社内政治に勤しむ

  7. 派閥が生まれ、組織が官僚化

  8. 官僚化→各自の役割期待が不明確化

  9. 皆違う方向を向き、責任の所在も不明確化

  10. 説明責任がなくなり、誰も頑張らなくなる

このような力学がある中で、チェスキーが関与を減らしたことで、組織の成長に伴う停滞を野放しにしてしまっていました。2019年下期の状態を、チェスキーは以下のように表現しています。

  • 「過去4年、プロダクトの何が変わったのか分からない」

  • 「広告コストは膨れ上がり、ブランドへの投資ができておらず、ひたすらA/Bテストを繰り返して短期的な効果を追い求めている」

  • 「政治的な動きが増え、幹部は全社ではなく個々の目標を追求している」

  • 「会議のための会議のための会議が増え、社員は『週80時間働いているのに、生産的な仕事は20時間程しかしていない』と嘆いている」

途方に暮れる中、チェスキーはAppleのマーケティング責任者2人と出会い、スティーブ・ジョブスの経営手法にヒントを得ます。Appleは、ジョブスの指示のもと、マーケティング部がプロダクトのデザインから対外コミュニケーションまで全てを仕切ることで、一貫性のある体験を実現していました。

一方、当時のAirbnbは10もの事業部があり(例:フライト、ホスト、宿泊者、中国、等)、それぞれが10通りの方向に動こうとし、チェスキーはこれらの部門間の裁定に追われていました。組織を再編し、自分がもう一度プロダクトの総責任者として意思決定をリードすべきなのでは、と確信を強めていた矢先にコロナが到来しました。

2020年~:コロナを機に介入・原点回帰

Airbnbは、コロナが大流行してから8週間で売上の80%が消滅するという危機に陥ります。企業の生死が問われる中、チェスキーは「創業者モード」に入り、あらゆる意思決定を推進するようになりました。

  1. 全施策の文章化:まず、「今やっていることを全部Google Sheetに書き出せ」と指示。「書き出せないほど沢山やっているんです」(幹部)→「はぁ?」(チェスキー)というやり取りもあったそう。

  2. 施策の絞り込み:書き出した施策のうち、「最も大事な20%に絞り込む」と宣言。プロジェクト数を大幅に削減。

  3. 事業軸→機能軸組織への移行:事業部制を廃止し、デザイン、エンジニアリング、プロダクト、等の機能部制に移行。

  4. 階層・従業員の削減:管理職を減らし、組織の階層を最小化。その中でも特に、専門性のない「単なる管理職」が残らないよう見直した。また、社員もシニアなメンバーのみ残し、少数精鋭化。

  5. 経営メンバーの集中:意思決定に関する会話は会社のトップ30~40名で継続的に行うと指示。また、チェスキーの部下の部下はドットラインのレポートとし、チェスキー自らより下の階層と会話することを通常の状態とした。

  6. 意思決定の中央集権化:全社の共通ロードマップを作り、一部のインフラ施策を除き、このロードマップにない施策はリリース禁止とした。ロードマップの期間は2年間で、毎月更新とした。

  7. 全プロジェクトの進捗確認:周期はプロジェクト毎に設定(毎週、隔週、4週間毎、8週間毎、12週間毎)。プログラムマネジメントの責任者が、各プロジェクトの状況を緑・黄・赤に分類。遅延しているプロジェクトは、チェスキー自ら会議を中断して、理由を深堀りした。これを続けることで、チーム間の対立も次第になくなっていった。

  8. 成果物の確認:同様の周期で、開発中の機能のワイヤーフレームやプロトタイプ等をチェスキー自ら確認し、さらに詳細にボトルネックを解消。

チェスキー自身がこれらの改革をやりきって驚いたのは、今までより遥かに時間に余裕ができたことです。最初の1~2年はそれまでより忙しくなりましたが、このやり方に社員が慣れてくると、皆が同じ方向を向いて動くようになったからです。チーム間の対立が減り、社員の離職も減り、チェスキーがミーティングに出なくても期待した通りの成果が出てくるようになりました。

加えてチェスキーは、このように述べています。

多くの創業者が、自分の経営手法について謝罪しすぎている。自分が思う方法と皆が期待する方法の折衷案を取るのは、皆を惨めにする良い方法だ。皆が本当に欲しいのは、進むべき方向がクリアで、皆が同じ方向を向いて進めること。」

マイクロマネジメントと、細部を把握するのは違う。マイクロマネジメントは、箸の上げ下げまで指示すること。細部を把握するのは、全ての責任感あるリーダーがやるべきこと。細部を把握しなければ、社員が良い仕事をしているか分からない。」

「創業者モード」を効果的に実践するには

記事を書いたグレアムは、「残念ながら、これから『創業者モード』を誤解し、権限移譲すべきことまでできない人も増えてくるだろう」と予想しています。そこで、どうすれば「創業者モード」を効果的に実践できるのか、いくつかポイントを整理したいと思います。

  1. 目標は「勝つこと」であることを忘れない。目標は「創業者モード」を導入することではなく、企業毎に異なる環境下で「勝つ」こと。

  2. どんな方法が自社にとって適切かは、自ら考えるしかない。ジョブスが社員100人と合宿をしたからと言って、それを真似ても仕方がない。どうしたらよい早く良い意思決定ができるかは、会社による。

  3. 権限移譲した上で、選択的に入り込む。どのリーダーも当然、全てのことを自分ではできない。権限と責任は与えた上で、自分が関わると最も効果的だと思う仕事に入り込む。関係者には、予め「こういう場面で関与する。信頼していないのではない」と伝えておく。

  4. 無能なリーダーを、採用前に見抜く。報告ばかり上手で無能なリーダーは、「人が足りない」「組織構成が問題だ」など理由をつけて時間を稼ぎ、転職時に「私の在籍中に売上はXX%伸びました」とアピールする。そういう人を見抜けるよう、カリスマに左右されず、その人なくては成し遂げられなかった功績は何かを深堀りしなくてはならない。

  5. 見せかけの仕事を評価しない。同じく、「プロの詐欺師」は1 on 1や、プレゼンテーション、状況共有などが非常にうまい。それらは仕事として必要であっても、実行やインパクトを何より評価することが大事。

  6. どんな行動を称えるか、細心の注意を払う。社員は、リーダーが称える行動を自然に取るようになる。自分が称えたことにより、社員がどう動くか、日々気を付けなければならない。

以上です。私がMBAで学んだ「マネージャーモード」は一体何だったんだろう、と思うこの頃ですが、それは今晩お酒でも飲みながら忘れたいと思います。

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