百戦錬磨のコーチが語る、充実したキャリアの作り方

世の中には、面接の受け方、専門性の身につけ方、チームのマネジメント手法など、場面に応じた実践的な情報は山ほどあります。一方、社会的インパクトを出しながら充実感を得られるキャリアの歩み方については、意外とあまり情報がありません。

また、個々人から得られるアドバイスの多くは彼らの経験に基づくため、必ずしもアドバイスを受ける側の境遇と合致しないことも多々あります。

そこで、今日は、起業、スタートアップ、ビッグテックなど様々な企業のステージを経験し、シリコンバレーで何百人ものリーダーに助言をしてきたキャリアコーチの考え方を紹介したいと思います。

ニキール・シンハルは、Stanford卒業後にスタートアップに参画した後、CEOとして2社起業し、それぞれIBMとGoogleに売却した上で、Googleのディレクター、MetaのVP、そしてCredit KarmaのCPOを歴任しました。その間に何百人のリーダー達にコーチングをした経験を活かし、現在はコーチングに特化した「スキップ」という会社を立ち上げています。

「スキップ」の意味するところは、目先の目標に囚われずに、それが達成できたら次何をしたいのか、そしてそのさらに次は、と先々まで想像してキャリアを作ろう、という考え方です。まずはこの概念を解説した上で、ジュニア→ミドル→シニアのフェーズ別のチャレンジについて触れていきたいと思います。

短期志向の問題

シンハルは、多くのプロフェッショナルが目先の不満に囚われすぎていると指摘します(例:「上司が嫌い」、「会社が大企業化している」)。これらは事実であっても、次の転職先で似たような問題が発生する可能性があります。

他社で同レベルのポジションに就いても、それは定義上、水平な動きであり、前進ではありません。また、転職後は、新たな会社での働き方や知識を身につけないといけないため、それにかかる時間コストも考慮する必要があります。

もう一つよくあるパターンとして、目先の目標に囚われてしまう人もいます。「○○に昇進する」「起業するんだ」と目の前のことに取り組んでいる人の多くは、それが実現できたらどうするかをあまり考えていない、とシンハルは言います。

頑張って登った山が、自分が登りたい山でなかった。あるいは、登ったら次何をすればよいのか分からなくなった。そうならないためには、自分の「北極星」を見つけ、それを見据えたキャリア作りが大事になります。

キャリアをプロダクト作りのように考える

長期思考で考えるためには、キャリアをプロダクトのように捉えることが大事だ、とシンハルは言います。

良いプロダクトを作るためには、解決したい課題を考え、ビジョンを作り、戦略を立て、それを実現するためのステップや、成功の定義を考え、フィードバックを取り入れながらビジョンに向かって日々取り組みます。

プロダクト作りに携わる多くの人はこの流れを理解しているにも関わらず、自分のキャリアに当てはめて考える人はほとんどいません。この思考法をキャリアにも応用することで、長期的に充実したキャリアを歩む土台を作ることができます。

具体的には、以下のような問いに対する答えを考えることが大事です。

  • 誰のために、何の課題を解決したいか?

  • 5~10年先に成し遂げたいことは何か?(社会的インパクト、職位、資産、等)

  • その実現に向けた大きなマイルストンは何か?

  • マイルストン毎に必要な「機能」は何か?(スキル、ネットワーク、資格、等)

  • それら「機能」をどう獲得するか?

  • 成功をどう定義するか?

  • どのように進捗の振り返りを行うか?

  • フィードバックを誰からどのように得て、それをどう取り入れるか?

  • どんな時間配分でその時々の目標に取り組むか?

ここまで具体的に目指す姿とステップを考えると、「偶然訪れる機会を見逃してしまうのでは?」と思うかもしれません。しかし、その偶然の機会(例:元同僚に誘われた)を受け入れるか決めるためにも、自身のキャリアビジョンが大事になるのです。

キャリアは、受験とは違い、複数のオプションを同時に比較検討できることは稀です。突然機会が現れる度にこの指針があることで、新たな機会が自分のビジョンにどう合致するか、あるいはビジョンが変わる程大きな瞬間なのかを考え抜くことができます。

キャリアのフェーズ毎の課題

プロダクト作りは、起業時、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)時、超成長期、スケール期など、フェーズによって取り組むべき課題が異なります。「キャリアをプロダクト作りのように考える」ことは、このフェーズを意識することの重要性も意味しています。

プロダクトのフェーズのように、キャリアも捉えることができる

キャリアにおいては、大きく3つの「幕」があると考えることができます。

  • 第1幕:試行錯誤しながら学び、自分の強みを見つけるステージ

  • 第2幕:強みを活かしながら、事業やチームをリードするステージ

  • 第3幕:成功体験を基に、より広く社会に貢献できる方法を追求するステージ

それぞれの幕において意識したいポイントを以下に整理します。

第1幕:試行錯誤しながら、自分の強みを確立

  • 多様な環境の経験:起業、スタートアップ、大企業など様々な環境でプロダクト作りに取り組んできたシンハルは、これらの異なる環境で経験を積むことがスキルの向上に繋がると言います。これにより、プロダクト作りの流れや全体像を理解し、異なる状況で何に注力する必要があるかを見分ける力がつきます。

  • 専門性の確立:同時に、学びたいことが山ほどあっても、全ての分野で専門家になれる人はほとんどいません。そのため、「自分はこれが好き・得意」といった分野を見つけたら、そこで積極的に自分の腕を磨くことが重要です(例:新規事業、開発、組織作り、改革、等)。職位が上がるにつれ、企業は何かの分野で特別に秀でた人を雇うようになるため、何かの分野でトップクラスであることが、様々な分野でそこそこであることより重要になります。

  • 成功企業での経験:成功事例として知られる企業での経験は、特に経営幹部を目指す場合は有利に働く可能性があります。経営幹部として、前職での経験を基に企業を次のステージへ導いてほしい、と期待してもらえるからです。(一方、このアプローチは「5年後に大成功する企業」で働く機会を逃すことにもなり得るため、個人的には一概には言い難いと思います。)

第2幕:強みを活かしながら、事業やチームをリード

  • フィードバックの重要性:プロとして力がつくと、自分が改善・強化すべき領域は前ほど明白でなくなります。初歩的な改善点は既に克服しているからです。そのため、成長し続けるには、自から積極的にフィードバックを求める必要が出てきます。年次評価などを待たずに、「先週の○○はどう思いましたか?」、「優先順位につきこう考えてみましたが、どうでしょう?」と周りの考えを聞き、真摯に彼らの考えや背景を理解することがより重要になります。

  • 昇進に向けた課題の理解:昇進が次のチャレンジである場合、まだ昇進に至っていない理由を正確に把握することが重要です。大きなパターンとしては、①支持者の不在、②ポジションの不在、③焦りすぎ、④実際の能力不足や改善点の存在が考えられます。どれが今の課題なのかを理解することが、適切な解釈や打ち手に繋がります。(例:支持者がいない→成果をより効果的に伝える、誰かと一緒に共通のテーマに取り組む、等)

  • 組織を率いるか、その道の匠を目指すか:一般的には「出世=組織を率いる」と見られがちですが、米テック界ではその考え方こそが過去数年の無責任な成長を生み出したという共通見解に至っています。今では多くの職種で、その道の匠であれば組織のリーダーと同等以上の待遇を得られるようになりました。「何が最も凄そうか」ではなく、自分の強みと目指す姿に応じて決めることが大事です。

第3幕:新たな目標の設定と、絶え間ない学び

  • 新たな目標の設定:近年は、キャリアの大きな目標を達成後、「で、これからどうするんだっけ?」と喪失感に直面する起業家や経営者が増えるようになりました。人生100年時代、キャリアは30~40年ではなく、50~70年になるため、長期的に取り組めるテーマが必要となります。2つの大きなパターンとしては、さらなるスケールの追求(例:起業家・経営者が投資家となり、数十社のアドバイスを行う)や、社会貢献(例:大学の教授を務める、慈善活動を始める)があり、自身が満足できる目標の設定が重要になります。

  • 「スーパーパワーの影」の認識:このフェーズに達すると、これまでの強みが、次の役割では弊害になることが多くなります。シンハルの場合は、起業家としての強みだった大胆な決断力が、大企業の幹部としては「協調性に欠ける」と捉えられ、自分を見直すきっかけとなりました。自分の認識と違うコメントを受けた時こそ耳を傾けることが、成長の鍵となります。

  • コミュニティへの参加:シニアレベルでも絶え間ない学習を続けるため、シンハルは、専門家コミュニティへの参加を推奨しています。これにより、同じ立場の人々と経験を共有し、新しい視点や解決策を学び続けることができます。

「スーパーパワーとのその陰」の一例

最後に、私がこれまでキャリアの決断をする中で役に立った、「後悔の最小化」という、シンプルな考え方を紹介したいと思います。

これはジェフ・ベゾスが当時在籍していたヘッジファンドを辞め、アマゾンを起業すべきかを決める時に、「自分が80歳になった時に、何を後悔するだろう?どうしたら後悔を最小化できるか?」と自問した時の考え方です。

「このインターネットという不思議な領域で起業して、失敗したとしても、それは後悔しない。でも、『あの時トライすればよかった』と後悔はするかもしれない。それだったら、進むべき道はクリアだ。」

「『後悔の最小化』を目標に考えると、『今辞めたら年末のボーナスがなくなる』といった短期的な視点から逃れ、長期的に大事なことを軸に考えられるようになる。意外に効果的な考え方だと思います。」

私も、今の道を歩むか否かは、この問いについて考えた末に決断をしました。まだまだスタートしたばかりですが、読者の皆様のお陰で充実した日々を過ごせています。この先どんな未来が待ち受けるかは分かりませんが、楽しみながら模索していきたいと思います。

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