40分でアイデア検証プランを作る「プレトタイピング」

今日は、ビジネスアイデアの検証手法「プレトタイピング」を紹介したい。(「プロトタイピング」の間違いでは?と思った方、少々お待ちを🙏)

日々の仕事の中で、新しいアイデアに命を吹き込み、成功に導こうと取り組んでいる人やチームは数多くいる。それは次のメルカリのような世の中を変えるアイデアかもしれないし、地元の人気カフェのように規模が小さくとも何にも代えがたいやりがいを与えてくれるアイデアかもしれない。一方で、数多くの人やチームが、ローンチ時に失敗するアイデアに一生懸命取り組んでいることも事実。統計的に見ると、後者の方が大半、というのが残念な現実である。

今から紹介する手法を創り出したアルベルト・サヴォイア氏は、サン・マイクロシステムズのGM、スタートアップの売却、グーグルの初技術的責任者としてAdwords(年27兆円の売上を叩き出すGoogle Searchの前身)を担当するなど、華麗な経歴の持ち主だ。彼はその後再度起業し、5年間汗水を流した末、その会社をタダ同然で売却せざるを得なくなり、社員や現地の名だたる投資家をガッカリさせる、という大きな挫折を味わう。そこから彼は「失敗を未然に防ぐにはどうすればよいのか?」という問いに夢中になり、15年以上に渡りグーグルやスタンフォードで彼が提唱する「プレトタイピング」の手法を広めている。私は2021年にアマゾンの同僚PMと共に彼のワークショップに参加する機会に恵まれ、最も刺激を受けたワークショップとして記憶に残っている。

尚、より一般的な「プロトタイピング」との違いについて触れておくと、「プロトタイピング」は、アイデアの需要だけでなく、それが想定通りに機能するかも含め検証するため、設計・構築・使用に数週間から数カ月かかることが多い。一方、「プレトタイピング」は、アイデアの需要検証に焦点を絞るため、数時間や数日で、殆ど費用もかけずに済ませられるのが大きなメリットだ。

前提となる「6つの真実」

このアイデア検証手法を行う上での心構えとして、6つの「真実」がある:

  1. 新しい製品・サービスの多くは、どんなに完璧に実行されても失敗する。それは、そもそものアイデアが間違っているから。

  2. 別の言い方をすると、間違ったアイデアにいくら優れたデザイン、エンジニアリング、マーケティングの手法や予算をつぎ込んでも、失敗から逃れることはできない。

  3. つまり、成功に至る唯一の方法は、正しいアイデアを、適切に実行すること。

  4. データは意見に勝る。アイデアを検証するための典型的な失敗例が、ターゲット顧客に「これを買いたい・買うつもりがあるか」尋ねること。この手の調査に何千万円もかけて「意見」をデータ化し、開発したものが失敗した例は枚挙にいとまがない。結局、専門家を含む殆どの人間は、いくら空想の世界で考えても本当にそのプロダクトを使うかは分からないのだ。この空想の世界で考え続けることで、間違ったアイデアを追う、あるいは正しいアイデアを捨てるという機会損失が発生し続けてしまう。

  5. 集めるべきは、自分で監修したデータ (Your Own DAta、略して「ヨーダ (YODA)」)データは何でも良いのではない。特に、他人のデータ(Other People’s Data、略してOPD)は信頼できない。他の人が異なる環境・時期・条件で得たデータは、殆どの場合、自分の境遇に適応しないから。適切かつ客観的に収集したヨーダ(YODA)は、他の全ての情報源に勝る。

  6. 適切なヨーダ(YODA)を得るためには、ターゲット顧客が「身銭を切る」必要がある。ターゲット顧客の購買意欲を分析する際は、それを裏付ける何かが必要。頭金のようなお金が最も理想的だが、そうでなくとも彼らの時間や連絡先等、価値のある何かを得て初めて、ヨーダが意味あるものになる。

「プレトタイピング」プランを作るための4つのステップ

A. アイデアを客観的な仮説に変える (5分)

ヨーダ(YODA)を得るための最初のステップは、アイデアを客観的な数値化された仮説にすることだ。例えば「犬用のビール」を作りたいとした時、それはどんな飼い主向けで、彼らの何割ぐらいの人が、どうそれを買ってくれるのか、といった前提が曖昧だ。この目線合わせがチームでできていないと、後々メンバー間で苦労する羽目になる。これを客観的かつ数値化された仮設にするには、「X (ターゲット顧客) の少なくともY%が、Zをする」というXYZ仮説形式にするのが最も効果的だ。犬用のビールの例で考えてみよう:

  • アイデア: 犬用ビール

  • 典型的な仮説:「飼い主の多くは、1人で飲むのが好きではない。彼らの多くは、犬が安全に飲めるビールがあれば一緒に飲めるので、きっと犬用ビールを買うはず。」

  • XYZ仮説:「独身の飼い主の少なくとも15%は、犬の食事を買うときに犬用ビールの6本パック(500円)を買う。」

    • X = ターゲット顧客の明確な定義(例:独身の(犬の)飼い主)

    • Y% = ターゲット顧客のうち、購買客になると見込む割合(例:少なくとも15%)

    • Z = アイデアに対し、購買客が取ると予想される行動(例:彼らが犬の食事を買うたびに、犬用ビールの6本パックを500円で買う)

B. XYZ仮説を、身近に試せるxyz仮説に置き換える (5分)

XYZ仮説ができたら、それを身近に、早く、安くテストできる仮説にする。これを、xyz仮説(小文字)と呼ぶ。上記XYZ仮説であれば、例えば地元のペットショップの実店舗やSNSページ、オンラインストアなどで試すことができるかもしれない。いくつか違うテストを行いたい場合は、複数あってもよい。

  • 例:今週末、地元のペットショップ「コジマ」でドッグフードを購入する人々の少なくとも15%が、犬用ビールの6パックを500円で購入する。

  • 例:今週末、地元のペットショップ「コジマ」でドッグフードを購入する人々の少なくとも25%が、棚から犬用ビールの6パックを手に取る。

これだけで、曖昧なアイデアから試験可能な仮説に辿り着くことができる。

C. 顧客が「身銭を切る」 過程がある、プレトタイプ計画を立てる (20分)

xyz仮説ができたら、次はテスト計画作成だ。プレトタイプ手法は以下のようなものがある。

  • フェイクドア:未開発製品・サービスへの関心度合いを測るために、それがあたかも存在し、購買可能であるように見せることで、誰かそれを買おうとするかを確認。

    • (例)マクドナルドでマクスパゲッティを注文する人はいるか? →メニューに記載して、誰か注文するか確認。誰かが注文した場合は、現在提供できないことを伝え、謝罪し、代わりに無料のバーガーを提供。

    • (例)ネットで中古車を買う人はいるか? (90年代後半の疑問)→ CarsDirect創業者のビル・グロスは、宣伝のために新聞の広告枠を購入。簡単なHPを作成し、人が実際に「購入」ボタンにクリックするかを確認。週末に何台か売れたので、その度に彼は車を小売店で買い、顧客にそれを届けた。

  • ピノキオ:操作機能のない模型を作り、想像力を働かせながら、それを使用するか、どう使うかを考える。

    • (例)Palm Pilot (初期電子手帳)創業者のジェフ・ホーキンスは、2つの仮説を検証するために、電子手帳の木製版を作成。1) この形状のものを使うか? 2) 使うなら何に使うのか? 想像しながら試すうちに、Palm Pilotはカレンダーやアドレス帳、簡単なメモを取るために有用と確認。

  • メカニカル・ターク(機械仕掛けのトルコ人の意)18世紀に作られたチェスを打つ「機械」に由来する。あたかも機械が仕事をこなしているように見せながら、裏で人間が依頼されたタスクをこなす。

    • (例)IBMは、音声認識サービスの需要を試すために、ユーザーに見えないところに入力担当者を配置。ユーザーが喋る度に、画面上に文字が表示され、ユーザーはコンピューターが音声を認識していると錯覚した。

  • YouTube:映像を通じ、まだ存在しない製品・サービスを躍動感溢れる形で表現し、人の反応を確認(彼らが興味を持つか、メルマガに購読するか、購入にコミットするか、等)。

    • (例)Googleは、新しい眼鏡を通じて世界がどう見えるかを示すYouTubeビデオを通じて初めてGoogle Glassを世界に紹介。このビジョンに魅了された人々は、「エクスプローラーツールキット」を受け取るために20万円以上前払いした。Googleは生産に着手する前に関心度合いを把握し、他の貴重なフィードバックを得ることができた。

  • ローカルテスト:新製品やサービスの発表前に、より小規模・非公開な形でそれをテスト。

    • (例)BestBuy(日本で言うヤマダデンキ)は店舗の駐車場にテントを設営し、人々が店頭クーポンと引き換えに古い電子機器を交換することに興味があるかどうかを確認。十分なニーズが確認できたため、現在このサービスは全店舗で利用可能となっている。

  • 一夜限りの興行:製品・サービスのプレトタイプ版を非常に限られた時間で提供し、人々が関心を持つか確認。

    • (例)Airbnb創業者らは、自分達のアパートを1晩提供し、(ベイエリアでは安価な) 一晩80ドルで寝床と朝食を提供するサービスをHPに掲載。すると、3人がすぐに登録し、初日に240ドルの売上を記録。 Airbnbは現在、100億ドル近い企業価値を持つ。

  • 潜入者:既存店(実店舗またはオンライン)の客足を利用して、アイデアの模型を棚に置き、人々がそれを購入するかどうかを確認。

    • (例)Upwell Labsの創業者は、IKEA店舗で自分達の試作品が売れるかを試すために、eBayで購入した中古の従業員シャツを着てIKEAに侵入。実際に顧客がそれを買おうとしたため、ニーズがあると確認できた。

  • 替え玉:既存の製品やサービスを改良することで、新製品を模倣。

    • (例)Teslaのイーロン・マスクは、彼が想像する全電動ロードスターを世に示すために、それに一番近い既存の車(ロータスのロードスター)を使い、内燃機関を取り外し、電気エンジンを入れて走らせた。人々はすぐに関心を持ったが、イーロンは意見ではなくデータが欲しかったため、興味を示した人に、「$5,000払ってでもウェイトリストに載りたいか?」と聞いて回った。

犬用ビールの例で続けると、「潜入者」及び「フェイクドア」手法を用いて、地元のペットショップ「コジマ」の棚のスペースを借り、そこに新しいパッケージングで包んだビールを置くことで、前述のxyz仮説が検証できる。

手法を決めたら、次はその顧客体験の中に「身銭を切る」過程があることを確認しよう。今回の例だと、顧客が商品を持ってレジに進んだら、純粋に購買予定だったと見なせるので、それで十分だろう。顧客から支払い(例:頭金、予約)を受けない場合は、顧客がニュースを受け取るためのメールアドレス、インタビューを受けるための電話番号、あるいは製品デモに参加するための時間など、製品・サービスの対価として顧客の情報や時間をお願いする過程を組み込もう。

ここまで来たら、一連のテストプロセスをストーリーボード等の流れに書いてみる。顧客がどのように製品・サービスを発見し、情報・時間・お金を提供するか、データをどう記録するか、そして興味を示してくれた顧客にどう連絡を取るか、といったプロセスだ。犬用ビールなら、1) 犬用の缶詰めを必要数購入し、2) 仮のパッケージに包み、3) 店長と棚のスペースを交渉し、4) 販売当日、それを買おうとした人は決済時に止め、これがまだ本物の商品でないことを説明する、といった流れになるだろう。

加えて、倫理的な配慮も忘れないように。興味を示してくれた人が、この製品・サービスが実在せず、実験過程のものだったと知った時の感情を考え、それをどう軽減したり、より良い方向に持っていけるかを考えておく必要がある。例えば、実際に製品やサービスができた時に使えるクーポンや試供品を提供するのが良いかもしれない。

D. 必要な資源・予算・時間を確認(5分)

上記プランに基づき、必要な資源(スキル、資材、人材)、予算、時間を書き出す。

  • 資源(例):担当者1人、賛同してくれる店長1人、棚、パッケージング(デザイン・印刷)、ドッグフード36缶

  • 費用(例):材料、広告費 等。できるだけ安くできる方法(千円~1万円以下)を目指そう

  • 時間:数時間でできるのが理想

E. それ以外に得られるもの(5分)

実験の費用対効果を最大化するために、他に得られるものが何かを考えてみよう。例えば、買おうとしてくれた顧客にインタビューをしてみる、今後の見込み客として連絡先をもらう、あるいはその日の結果を基に財務予測を立てる、といったことができるかもしれない。

「プレトタイピング」後に取り得る3つのネクストステップ

プレトタイピングを完了したら、もともとのXYZ・xyz仮説に対して、どれほどの結果を得られたか、顧客はどれほど「身銭を切って」くれたか、確認してみよう。この結果を基に取れる次のアクションは:

  • 前に進める:100%確信がなくとも、良いYODAで検証でき、リスクを取るのに値すると考える

  • やめる:期待したYODAが出なかったことを受け止め、アイデアを諦める。

  • 微修正する:テストの学びを糧に、違う内容や売り方で再度テストを行う。

「プレトタイピング」で得られる3つの「約束」

プレトタイピングを無事クリアしても、アイデアが成功する確証はない。実行の仕方や、様々な外部要因も影響してくるからだ。但し、これを行うことで、3つの「約束」ができると、サヴォイア氏は言う。

  • 失敗の可能性を劇的に減らすことができる。プレトタイピングをしなかったら失敗確率が80%だったところを、20%まで下げるぐらいの効果があると考えられる。

  • 自分を恥じなくて済む。アイデアを十分に検証せずに膨大な時間を投入して失敗した場合、後悔することは多々あるだろう。しかし、やるべきテストをやった上で実行し、失敗したら、そこで自分を恥じることはない。

  • これを続ければ、最終的に成功できる。ここにある手法を適用すれば、5~10のアイデアを試す必要があるかもしれないが、最終的には正しいアイデアに辿り着くことができ、そのうちのいずれかは成功させることができるはず。また、テストを繰り返すたびに学びを得ることができ、それを次の指針として使い続けることができる。

プレトタイピングをやってみて得られた感想や示唆があれば、是非ご共有頂けると嬉しい。私もいくつかアイデアを練っており、今後テストを行いながらその内容を共有していきたいと思う。

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